大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)7277号 決定

債権者

中森明菜

右代理人弁護士

山﨑司平

債務者

株式会社現代キャラク

代表者代表取締役

大久保昭

債務者

大久保昭

右当事者間の昭和六一年(ヨ)第七二七七号仮処分申請事件について当裁判所は、債権者の申請を相当と認め、債権者に債務者らのため全部で金五〇万円の保証をたてさせて、次のとおり決定する。

主文

一、債務者らは、「中森明菜」の文字若しくは別紙肖像の表示目録記載の肖像を別紙商品目録記載の各商品に表示し、又はこれらを表示した別紙商品目録記載の各商品(株式会社ケン企画を示す表示のあるものを除く)の製造、販売、配達、発送、領布若しくは販売のための展示をしてはならない。

二、債務者らの「中森明菜」の文字又は別紙肖像の表示目録記載の肖像を表示した別紙商品目録記載の各商品(株式会社ケン企画を示す表示のあるものを除く)に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管を命ずる。執行官は、債務者らの申出があつたときは、右の各商品から前記表示を抹消させたうえ、右の各商品を債務者らに返還しなければならない。       (裁判官橘 勝治)

別紙 肖像の表示目録

昭和四〇年七月一三日に東京都において出生し、昭和五七年五月一日に芸能界にデビューした女性歌手「中森明菜」の別紙①乃至⑦の写真その他の肖像。〈省略〉

商品目録

一、プロマイド(生写真)。

二、ラミネートカード。

三、キーホルダー。

四、バッジ。

五、カンペンケース。

六、インデックス。

七、パスケース。

八、ポストカード。

九、パズル。

一〇、テレホンカード。

一一、各種の時計。

一二、下敷き。

一三、うちわ。

一四、その他の文具。

一五、その他の室内装飾品。

一六、その他の身辺装飾品。

申請の趣旨

別紙主文目録記載の通り。

の旨の裁判を求める。

申請の理由

第一、当事者

一、債権者中森明菜について。

債権者中森明菜は、昭和四〇年七月一三日に東京都で出生したが、昭和五七年五月一日に楽曲「スローモーション」を唄つて芸能界にデビューして以来今日までの間、常にトップアイドルとして国民の各層に対して夢と喜びを与え続けてきたところの、現代日本における一番の女性人気歌手の「中森明菜」である。

今日までの間に債権者が発表した楽曲の主なものは、「スローモーション」、「少女A」、「セカンド・ラブ」、「1/2の神話」、「トワイライト」、「禁区」、「北ウィング」、「サザンウインド」、「十戒(一九八四)」、「飾りじゃないのよ涙は」、「ミ・アモーレ」、「サンド・ベージュ」、「ソリチュード」、「デザイアー」そして「ジプシークイーン」等々である。

またこの間に債権者は、日本有線大賞新人賞(昭和五七年)、レコード大賞ゴールデンアイドル賞・日本歌謡大賞放送音楽賞(昭和五八年)日本テレビ音楽祭グランプリ(昭和五九年)、そして日本レコード大賞の″大賞″(昭和六〇年)等の数々の音楽賞に輝いている。

昭和六一年度になつても「中森明菜」の人気は衰えることを知らず、日本電信電話株式会社(NTT)がこの夏に中・高校生に「電話で話したい有名人」をアンケート調査したところ、第一位にランクされたのが債権者であつた。

二、債務者らについて。

1 債務者株式会社現代キャラク(以下、債務者会社という)は、昭和五六年二月一八日に「文具、室内装飾品、身辺装飾品の販売、カレンダー並びに宣伝印刷物の販売」等を目的として設立された株式会社であるが、その実質は債務者大久保昭の一人会社である。尚、ここにいう「文具、室内装飾品、身辺装飾品」が、所謂「スター・キャラクター商品」である。

債務者会社代表者の債務者大久保昭は、昭和九年七月一八日生まれであるが、債務者会社を設立する以前は、やはり「スターキャラクター商品」であるポスター類を製造・販売する申請外ガンガを経営していた。債務者大久保は、ガンガが倒産したために、債務者会社を設立したものである。

2 債務者大久保が「スター・キャラクター商品」の業界に関与したのは昭和四五年前後からであるが、当初は芸能人や所属プロダクションから許諾を得た正規の商品を扱う業者であつた。

ところが債務者大久保は、昭和五九年暮ないしは昭和六〇年春頃からは不正商品・ニセ物に手を染めはじめ、現在では債務者会社や債務者大久保が取扱つている商品の六割以上が不正商品・ニセ物であると思われる。

第二、被保全権利

一、パブリシティの権利について。

債権者は、申請外株式会社研音に所属して前述の芸能活動をしてきたが、「中森明菜」を有名にするための債権者と申請外研音の芸能界における努力・活動は、この努力・活動が実つて債権者が有名になることにより、「中森明菜」の名称及び肖像に財産的価値を生み出したのである。

即ち、マスコミが発達し二一世紀を目前にしている現代社会においては、有名人の名称・肖像等が金銭的価値を生みだす機会は非常に多く、テレビ・ラジオ等の情報伝達手段の発展とともに有名人の名称・肖像等が金銭的価値を生みだす機会がますます増大するのである(阿部浩二・注釈民法一八巻五五四頁以下)。

また、「肖像は、本来はその人固有の人格価値であるが、これが商品の宣伝等に利用されるとき、人格価値とは別個の経済的価値として肖像が評価される。宣伝手段媒体の多様化は、俳優・スポーツ選手等の有名人の肖像を宣伝の道具として利用する傾向を強めているといえよう。」(竹田稔・名誉・プライバシー侵害に対する民事責任の研究・一一九頁)。

その結果、債権者中森等の芸能人等の有名人は、「いわば公けの存在としての面においては、……その氏名・肖像等が広く公衆に知られることを希望する」のであるが、「ただ、それと同時に、それをコントロールすることを望む」こととなるのである(阿部浩二・注釈民法一八巻五五四頁)。

そして、「俳優等の氏名、肖像がひとつの経済的価値をもつものとして情報伝達手段に用いられるとき、これをパブリシティ(publicity)の価値とよび、その価値をコントロールすべく想定される財産権としての権利をパブリシティの権利とよんでいる」(阿部浩二・マスコミ判例百選一七七頁)のである。「ここでは、肖像権の侵害を人格的利益の侵害による…問題として捉えるのでは充分でなく、経済的利益の侵害による…問題として検討されなければならない」(竹田稔・前掲書・一一九頁)。

二、日本における判例・学説の動向。

1 このパブリシティの権利はアメリカの判例法を中心として定立されてきた概念であるが、日本法においても認められるべき概念であることは、判例・学説の認めるところである。

先ず、「原告の氏名、肖像、経歴のごとき彼の人格と不可分のものを営利的目的、つまり被告の経済的利得の目的をもつて使用することによつて成立するプライバシーの侵害がある。……この第四の類型は、人格権的要素に加えて、財産権的な性質を多分に含んでおり、したがつて、これをもつと積極的な意味をもつ権利として考えてみなければならないことである。そして、実際的な解決としては、人格権的なものにとらわれることなく、ある場合には、財産権的なものを中心に把握しなければならないこともありうるのである。たとえば、有名な映画俳優の肖像が広告に利用されたときは、プライバシーの侵害の面もあるかもしれないが、むしろ一つの財産的利益の侵害と考えねばならないように思われる」(伊藤正己・プライバシーの権利一二六頁、一四五頁)と説かれていた。

そして日本においても「広告業者、放送機関等が、有名人の氏名・写真等を、宣伝物、ポスター、テレビコマーシャル等に用いるとき、現実にはこれら有名人と契約を締結し、有償もしくは無償でそれらを使用するという慣行がみられることは、パブリシティの権利を社会的に明示もしくは黙示的に承認しているからにほかならない。」これに反し、「ある種の芸術やスポーツの分野におけるある人の才能・業績を無償で使用し、自己の商品の売行きの増大に役立たしめるということは、宣伝・広告業界にみられる慣習に相反するものであ」る(阿部浩二・注釈民法一八巻五五五頁)。

「有名人として公けの存在であるということはその氏名やイメージに価値ある財産権をもつ」ものであり、「有名人は多年にわたる鍛錬や競争の結果として、市場性をもつ地位を獲得したものとみなければならず、その氏名・肖像…を含む、有名人であるということの存在そのものは、その労働の果実であり一種の財産権である。」有名人が「国内外において著名であるのは、疑いもなくその才能と厳しい鍛錬の成果であり、人はその労働の成果に対する不当な介入を禁止する権利をもつのであり、そうでなければ公平に反する」(阿部浩二・注釈民法一八巻五六〇頁、五六一頁)のである。

2 その結果、日本の判例法においても、東京地方裁判所昭和五三年一〇月三日決定(判例タイムズ三七二号九七頁)は、王選手の八〇〇号記念メダルの販売差止等を認めたのである。

更に昭和六一年一〇月になつて、先ず東京地方裁判所民事第二九部は、一〇月六日に新田恵利外三名の「おニャン子クラブ」の申請についてパブリシティの権利に基づく無許諾商品の製造・販売の差止請求を認容し、そして同月九日には東京地方裁判所民事第九部は、本件債権者からの本件債務者らに対する無許諾カレンダー及びポスターの販売等禁止の差止請求を認容した。

これらに先立つ東京地方裁判所昭和五一年六月二九日判決(判例タイムズ三三九号一三六頁・判例時報八一七号一三頁)は、イギリスの子役俳優であるマーク・レスターの氏名・肖像権侵害訴訟において、パブリシティの権利の侵害に対する損害賠償責任を認めている。この判決について竹田判事は、「本判決はパブリシティの権利をわが国における不法行為法における被侵害利益として認めることにより実質的に承認したものとして積極的に評価すべきであろう。」とされていた(竹田稔・前掲書・一二〇頁)。

三、差止請求権について。

プライバシーの権利についてはその定義は未だ確たるものがないと言えようが、『現代におけるプライバシーの権利は、かつてブランダイズが定義した「ひとりでほつておいてもらう権利」にとどまらず、積極的に「個人が自らの情報をコントロールする権利」へと展開している』(竹田稔・前掲書・一三〇頁、五頁)。プライバシーの権利の内「個人が自らの情報をコントロールする権利」という積極的な意味におけるものについて、その財産的権利として把握されるものがパブリシティの権利である。

そして、人格的利益としての肖像権侵害については、人格権にもとづく差止請求権を認めるのが、日本の通説であり判例の立場である(最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決参照)。

その結果、人格的利益としての肖像権侵害について人格権にもとづく差止請求権を認めるのであれば、「肖像という人格と不可分な関係にある経済的利益としての肖像侵害」にも差止請求権を認めるのが相当である(竹田稔・前掲書・一二三頁・二二二頁)。

第三、債務者らの本件侵害行為の発見

債権者は、本件債権者からの本件債務者らに対する無許諾カレンダー及びポスターの販売等禁止の差止請求を認容した前述の東京地方裁判所民事第九部昭和六一年一〇月九日決定〔同庁昭和六一年(ヨ)第七〇四四号〕に基づき、昭和六一年一〇月一三日に本件債務者会社事務所に赴き右仮処分の執行に着手した。

右の第七〇四四号事件については、決定に先立つて二回の審尋期日が開かれ、そこにおいて債務者は不正商品は既に存在しないと弁明していたが、右仮処分執行の当日に債務者会社に存在したのは、カレンダーについては正規の商品のみであつた。

然し乍ら債権者代理人は、新たに債務者らが別紙商品目録記載の商品類を販売していることを現認した。特に、本件債権者らの肖像を不正に利用したキーホールダーやバッジは、債務者会社において製造されていたのである。

第四、保全の必要性・緊急性

1 ところで英米法におけるプロッサーの四分類によれば、プライバシーの権利の侵害は、①他人の干渉を受けずに隔離された私生活をおくつているのに侵入すること(私事への侵入)、②他人に知られたくない事実を公開すること(私事の公表)、③ある事実を公開することによつて他人の眼に真の姿と異なる印象を与えること(誤認を生ぜしむ公表)、④氏名、肖像のような私的なものを相手がその利得のために利用すること(氏名等の無断利用)の四類型がある(伊藤正己・前掲書・七九頁、竹田稔・前掲書・一二九頁・一〇五頁)。そしてアメリカ法においては、この④氏名等の無断利用「つまり広告その他の営利的目的をもつて、個人の氏名、肖像等を本人の承諾を得ることなく使用する不法行為……においては、氏名等に財産的利益が絡んでいるときには、プライバシー権保護の名のもとにインジャンクションは比較的簡単に許与されている」(阪本昌成・プライヴァシー権と事前抑制・検閲・ジュリスト八六七号・一六頁)のである。

債権者らは、多額の金銭の支出と企業努力、そして多年にわたる厳しい鍛錬を積み重ねることによつて、この労働の果実として「中森明菜」の名称と肖像を有名にし、財産的価値を生みださせたものである。然るに債務者らの行為は、これら債権者らの努力・鍛錬による果実・財産的価値を「窃取」するのと同様であつて、極めて悪質である。債務者らの行為は、パブリシティの権利擁護の名のもとに、早急に差止られるべきである(阪本昌成・前掲論文参照)。

2 前述の通り、債権者は昭和六一年一〇月一三日になつて、債務者らが更に本件不法行為をしていることを知つた。然も前記仮処分執行時における債務者本人の抗弁は「この時点において債権者が販売等の差止を求めかつ裁判所がこれを認容しているのは、カレンダーとポスターのみであるから、カレンダーとポスター以外の商品についてはパブリシティの権利を侵害しても構わない」というものであつた。更に債務者本人は、今回申請の商品についても販売等しないようにとの執行官からの指導に対して強く反発し、任意に引渡せとの債権者代理人の要求を拒否して「生写真一枚を一〇〇万円でなら売りますよ」と悪態をつく有様であつた。

不正商品業者の悪性・本質が、ここに如実に現れている。

3 債権者代理人は債務者らに対して、債権者が今回申請した商品についても販売をしないよう催告したところ、債務者本人は「処分してしまいますよ」とうそぶく始末であつた。そこで債権者代理人は、販売等の商行為をした時は損害賠償の対象とする、と警告を発したが、債務者本人は「子供らに只でやればいいんでしょう」と開き直るばかりであつた。

右の次第で、本件債務者らの如き悪質な者は、債権者が今回申請した商品についても、商品を隠匿したり、価格を下げてでも販売・処分してしまう危険性は極めて高い。前記仮処分事件の執行が効を奏していないのが、何よりの証明である。前記仮処分事件については、債務者らは、審尋を受けたために決定が下されることを予知し、一〇月一〇日から一二日の連休中に不正商品のカレンダーを早急に処分したことが充分考えられるのである。

債務者らが所持していた所謂「生写真」は三〇〇枚前後であつたが、長年に亘つて「スター・キャラクター商品」を扱つてきた債務者らにとつては、この程度の少量の商品を処分することは、極めて容易である、と考えられる。

4 本件における差止めの対象は、公共の利害に関する事項についての表現行為ではなく、債務者らの財産権の行使でしかない。しかも債務者らの財産権の行使は、一方的に債権者らの権利を無断で侵害する悪質で違法な財産権の行使でしかない。

そして、仮処分決定の執行が効を奏しないことが反復されるならば、不正商品業者にとつては「法の威信」はとるに足らない程の微弱なものに過ぎなくなる。という極めて不都合な事態を招来することとなるのである。

5 よつて、本件仮処分申請については、『口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで』、早急にこれを認める決定を賜わりたい。(阪本昌成・前掲論文・二一頁以下参照)。

以上

別紙当事者目録〈省略〉

主文目録〈省略〉

肖像の表示目録〈省略〉

商品目録〈省略〉

疎明方法目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例